横浜地方裁判所 昭和40年(レ)90号 判決 1967年3月07日
控訴人 伏見久雄
右訴訟代理人弁護士 平井篤郎
被控訴人 牧野岸吾
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
<全部省略>
理由
一、被控訴人が昭和三五年三月一九日控訴人から、始期を同年二月一日、期間を二〇年、賃料は三・三平方米当り月額金二〇円で毎月末日限り控訴人方へ持参払と定め、本件土地(但しその面積は暫く措く)を賃借したこと、その際賃料を三月分以上遅滞したときは控訴人において何等の催告を要せず右賃貸借を解除し得る旨特約したこと、この特約に基き控訴人のなした賃貸借解除の意思表示が、昭和三七年九月二一日被控訴人に到達したこと、被控訴人が本件土地上に本件建物を所有して同土地を占有していることは、当事者間に争いがない。<省略>本件土地の面積は五六・一九平方米(一七坪)であることを認めることができ、昭和三六年一〇月以降本件土地の賃料が三・三平方米当り月額金三〇円となったことは当事者間に争いがないから、同月以降の賃料月額合計は控訴人主張のとおり金五一〇円となったと認められ、この認定に反する証拠はない。
二、被控訴人は本件土地賃料を銀行振込の方法で支払い、これが現実の提供にあたらないとしても右方法によることの合意があったと主張するから、この点を審究する。
(一) 被控訴人が昭和三七年一月以降の賃料につき、月額金四八五円の割合で、その主張の各日頃横浜銀行御幸支店における控訴人名義の預金口座に宛て、振込んだことは当事者間に争いがなく<省略>被控訴人の主張する銀行振込方法とは、銀行の本店又は支店に加入預金口座を有する債権者に債務の弁済等をしようとする第三者は同銀行の他の支店等から所定の方式に従い金員を振込み、振込を受けた当該支店等は払込書を加入者の預金口座の所在する支店等に送付し、預金口座所在支店は加入者の口座に該払込金額を記入した上、その都度常に加入者に振込人及び払込金額の記載された払込通知票を送付し、加入者は右払込金を自己の預金債権として、随時任意に払戻すことのできる方法であることが認められる。
而して右認定に基けば、金銭債務の弁済のためにする右の銀行振込方法は、債権者に対する支払手続の確実性に欠けるところがなく、債権者に直接金銭を交付して弁済する場合と同視し得るから、右払込方法を排除する特段の合意ないし取引慣習があれば格別、加入者の預金口座に払込金額の記入があったときに、債務の現実の提供がなされ且つ弁済の効力を生ずるものと解するのが相当である。
飜って本件をみるに、右の銀行振込方法を排除する特段の合意ないし取引慣習の存在につき主張立証はなく<証拠省略>を綜合すると、被控訴人は本件土地賃貸借の成立以来、賃料を右銀行振込方法によりいずれも振込名義人を被控訴人として横浜銀行本店又は元町支店に振込み、同銀行御幸支店は本店又は元町支店から送付されてきた払込書に基き、同支店番号第八八六番の控訴人預金口座に該払込金額を記入して、振込人及び払込金額の記載のある払込通知票をその都度控訴人に送付していたこと、控訴人は昭和三七年五月一七日頃当時既に被控訴人から振込まれ、控訴人の預金債権となっていた同年四月分までの本件土地賃料全額を払い戻して、前示預金口座を解約したが、このことを知らない被控訴人は以後もその主張日時に同年六月分までの賃料を振込んだところ、御幸支店は右解約により同支店における控訴人の預金口座がなくなったことから、被控訴人の右振込金を控訴人名義の別段預金とし、被振込人である控訴人にその旨連絡したこと、その後右解約の事実を知った被控訴人は同年七月一二日頃御幸支店に赴き、右別段預金を用いて同支店番号第一〇六二番の控訴人名義の普通預金口座を開設し、更にその後同年七月以降九月分までの賃料を、被控訴人主張日時に振込名義人を控訴人として振込み、御幸支店は振込人を控訴人とする前同様の払込通知票を同人に送付したこと、同支店には右第一〇六二番の口座以外、控訴人名義の預金口座はなく、従って控訴人は昭和三七年七月以降九月分までの賃料を従前同様同人の右預金口座に被控訴人が振込んだことを当然了知し得た筈であること、以上の事実を認めることができ、この認定に牴触する原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果の一部は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。
さすれば被控訴人は昭和三七年一月以降同年四月分までの本件土地賃料をその主張の各振込日直後頃に、同年五、六月分の賃料を同年七月一二日頃に、同年七月以降九月分までの賃料をその主張の各振込日直後頃に、それぞれ控訴人名義の預金口座に払込金額が記入されたことにより、弁済のため現実に提供したというべきである。
(二) ところで、被控訴人のなした銀行振込方法による本件土地賃料の提供は、本来の債務履行場所たる控訴人の住所以外の場所における提供であるから、その適否が更に問題となるところ、<証拠省略>によれば、前示認定にかかる控訴人名義の当初の預金口座は、本件土地賃貸借成立直後頃、被控訴人が従前から控訴人との間に存した確執により控訴人に直接賃料を手交するのを好まなかったため、控訴人の印章を同人の長男に持参せしめて開設したものであるけれども、前示のとおり控訴人において昭和三七年五月一七日頃右口座から預金を払い戻した許りか、これを被控訴人に返戻した事跡はなく、而も右口座の所在する前記御幸支店は控訴人の肩書住所に最も近い銀行で、同住所から徒歩約数分の場所にあり、控訴人自身も同人の長男名義で同支店に預金口座を有し、しばしばこれを利用していたことが認められる。
そうすると控訴人は右支店における同人名義の預金口座から、被控訴人が本件土地賃料として提供した金員を受領するにつき、何等特段の不利益があるとは解されず、他に控訴人に不利益を及ぼすと認められる証拠もないから、仮令控訴人が銀行振込方法によることを拒んだとしても、被控訴人の前示賃料の提供場所は適法であるといわねばならない。
(三) 次に、前示のとおり昭和三七年一月以降同年九月分まで銀行振込方法により提供した賃料はいずれも月額金四八五円の割合であり、一項認定にかかる本件土地賃料は月額金五一〇円であるから、被控訴人の右賃料の提供はいずれも月額金二五円の割合による不足を生じているが、この不足額は本来提供すべき賃料額に比し極めて僅少であるといえるから、信義則上前示提供の効力を左右するものでないと解するのが相当である。
以上みて来たところによれば、被控訴人が昭和三七年一月以降同年九月分までの月額金四八五円の割合でなした本件土地賃料の提供はすべて有効であって、右期間の賃料不払いを理由とする控訴人の本件賃貸借解除の主張は失当である。
三、控訴人は予備的主張として、昭和三七年六月以降の賃料遅滞を理に昭和三八年九月二三日に本件土地賃貸借を解除したというが、前説示のとおり被控訴人は昭和三七年九月分までの本件土地賃料を適法に提供しているところ、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば被控訴人は同年一〇月分以降の各月の賃料につき、同月二九日頃控訴人から受領拒絶されたため、爾後いずれも履行期たる各月末日までに横浜地方法務局川崎支局へ引続き供託していることが認められるから、被控訴人において賃料債務の遅滞はなく、控訴人の右解除の主張も失当である。
四、なお控訴人の昭和三七年一月以降同年九月二一日までの月額金五一〇円の割合による延滞賃料請求中、月額金四八五円の割合による部分については、同年九月分までいずれも銀行振込の方法により控訴人の預金口座に払込金額の記入を受け、その二項(一)説示のとおり弁済の効力を生じたというべく、本来の賃料との差額である月額金二五円の割合による右期間中の不足部分については、前掲乙第五号証、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、昭和三八年二月二八日頃控訴人に提供したが受領を拒絶され、その頃前記川崎支局へ供託したことが認められるから、被控訴人の右各賃料に対する支払義務は既にすべて消滅したというべきであり、控訴人のこの請求は理由がない。そして更に右各証拠並びに前項乙第七号証、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和三七年一〇月分以降現在に至るまでの本件土地賃料を、月額五一〇円の割合で同年一一月一四日から各履行期までに継続して前記支局へ供託していることが認められ、従って控訴人が賃貸権を予備的に解除したという昭和三八年九月二三日までの本件土地賃料に対する被控訴人の支払義務も、消滅したというべきである。
而して右各解除日以降の金員請求は、本件土地賃貸借が解除されたことを前提とする賃料相当損害金の請求であるから、前示のとおり解除が認められぬ以上、その失当であるこというまでもない。
五、叙上説示のとおりであるから、控控人の本訴請求はすべて理由なしとして棄却を免れず、これと結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は失当である。<以下省略>